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坂本龍一『鎮魂歌』はどんな歌詞?その意味と作者の想い

      2016/09/09

坂本龍一氏

News23収録時の様子

咽頭がんで療養中だった坂本龍一氏が、映画「母と暮らせば」への楽曲提供で復帰されました。
12月14日夜、News23で岸井成格(きしい しげただ)キャスターのインタビューに答えた内容をご紹介します。

1.療養の前後で心境の変化は?

坂本氏と向き合って、岸井キャスターからの最初の質問は…。
「心境の変化はありましたか?」

療養の前後での心境の変化を、坂本氏は以下のように語りました。

元気な時はあれもこれも、と「足すこと」を考えたが、「一番大事なものは何か」を見つめるようになった。

坂本氏が療養中、病をおして向かった国会前で、安全保障法制反対集会に参加されたのは記憶に新しいところです。
マイクを握り「安保が通ってもそこで終わりにしないで」と若者たちに語りかけました。

坂本氏は現在63歳。
ご自身は戦争を体験してはいませんが、ご両親から聞いた戦時中の話が平和精神を支えてくれたと語ります。

戦争を経験した大人たちが言っていた。
あれよあれよという間に戦争にむかっていった、と。
まさか自分が生きている時代にそれが起こるとは。このことか、と。
これからも生まれてくる人たちのために、今生きている人が声をあげることが大切だ。
あのような戦果を二度と起こしてはいけない。

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2.「鎮魂歌」への想い

復帰第一作は映画音楽の作曲です。
坂本氏が音楽を手がけた「母と暮せば」は長崎の原爆で息子を失った母の悲しみを描いた映画です。

故・井上ひさし氏が作りたいと言っていた作品、そのタイトルをもとに山田洋次監督がメガホンをとりました。

今回の坂本氏が作曲した中に、歌詞のついた歌があります。
その歌詞は作家であり詩人の原民喜(はら たみき)氏の作品「鎮魂歌」から抜粋されたものです。
雪の中の一本道
原民喜は明治生まれの文学者で、疎開先の広島で被爆しています。
その時の強烈な体験を書いた作品は高く評価され、現代も読み継がれています。

「鎮魂歌」の中で原氏は「自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ」と綴ります。
生き残ってしまった、という罪悪感を強烈に感じる作品です。

大変長い作品ですが、坂本氏が今回歌にしたのは最後の部分です。
以下に抜粋しました。
(全文は青空文庫で読むことができます)

僕は耐えよ
一つの嘆きに耐えよ
無数の嘆きに耐えよ

嘆きよ、嘆きよ、僕をつらぬけ
還るところを失った僕をつらぬけ
突き離された世界の僕をつらぬけ

明日、太陽は再びのぼり花々は地に咲きあふれ
明日、小鳥たちは晴れやかに囀さえずるだろう
地よ、地よ、つねに美しく感動に満ちあふれよ
明日、僕は感動をもってそこを通りすぎるだろう

~母と暮せば – 鎮魂歌より~

3.祈りから行動へ

空の写真
今年11月にパリで起きたテロ事件に触れ、祈るだけではだめだと語ります。

遺族は慰霊もしたが日本人全体は?
僕は忘れてしまっていると思う。
パリでテロが起こった。パリでも日本でもたくさんの人が祈っている。
だけど、祈るだけじゃだめだと。あのダライダマが言った。
「Think」考えろと。
慰霊も大事だが、同じことが怒らないようにどうするかを考えること。

テロリストたちが本当にイスラム的なのか?
イスラムの人たちは「あれはイスラム的じゃない」と言う。
テロ行動には外国人・若者が参加している。
行き場を求めて過激なものに走る若者が今後も増えるのではないか。

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坂本氏は自然保護や反原発などの活動をされていることでも知られ、森林を育てることはライフワークだと語る坂本氏。

祈るだけじゃだめ。
できることはたくさんある。
考えてどういう行動をとるか、ということ。

祈るだけではだめ、坂本氏の言葉を自分にも投げかけ、考えなくてはならないと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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